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高松高等裁判所 平成7年(ラ)61号 決定

抗告人

徳井良男

今橋信利

破産者

甲野花子

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を高知地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件即時抗告の趣旨及び理由は、別紙各抗告状記載のとおりである。

二  本件記録及び高知地方裁判所平成五年(フ)第四〇九号事件記録並びに同庁平成五年(フ)第四〇八号事件記録及び同庁平成六年(モ)第四五五号事件記録によれば、次の事実が認められる。

1  破産者は、昭和四五年七月気象庁に勤務する夫の甲野太郎が土佐清水市足摺岬に新築した居宅兼旅館で、そのころから民宿の経営を始めたが、昭和五〇年ころまでに、景気の後退や放漫経営のために赤字続きとなり、運転資金を知人の金融業者から借り入れ、その返済のために無計画に借入を繰り返した結果、負債の額がしだいに増加していった。

2  太郎は、破産者の借入れの後始末のため、昭和五八年に運輸省共済組合から四〇〇万円を、昭和五九年には前記建物及び敷地を担保にして日本信販株式会社から七〇〇万円を、平成二年と平成三年には東京シティファイナンスからそれぞれ一〇〇〇万円及び五〇〇万円を借り入れて、破産者の債務の弁済に充てた。しかし、その間にも、破産者が密かに新たな借入れをしたため、太郎の資金による返済だけでは、破産者の借入れの処理はとうてい不可能な状態であった。しかも、破産者は、太郎の承諾なく、太郎名義で借入れをしたり、同人を保証人にしたりしたが、太郎はやむなく、破産者のした右のような行為を追認したり債務引受をしたりした。

3  平成五年一月ころには、破産者の負債は、三〇〇〇万円を超えていたところ、破産者には、弁当店でのアルバイトによる給料のほか、収入や資産はなく、破産者自ら右債務の返済をすることは全く不可能であり、太郎も、破産者の負債処理のために既に財産を処分し尽くし、新たに借入れを重ねたため、あらためて破産者の負債処理のために資金を出す余裕はなく、破産者は、支払不能の状態に陥っていた。

4  このような状態に陥っていたにもかかわらず、破産者は、太郎の退職金等により返済可能なように装って、①平成四年未から平成五年五月ころにかけてクリーニング店経営者の寺尾英勇から合計三四〇万円、②平成五年四月二六日には破産者の勤務先の飲食店の経営者の矢野知里から五〇万円、③平成五年六月には破産者の勤務先の弁当店の同僚の宮崎孝子から六万円、④平成五年七、八月ころには主婦の長芙紗子から合計約一五〇万円、⑤平成五年九月には破産者の勤務先の弁当店の同僚の山本房子から一〇万円をそれぞれ借り受けた。

5  破産者は、平成五年一一月一五日、前記4の債務を含む債権者約五五名に対する総額約四九三七万円の債務があり、これが支払不能であるとして破産の申立てをなし、平成六年一月三一日午前一〇時、破産宣告を受けるとともに破産廃止の決定を得た。

右認定の事実によれば、4の①ないし⑤の借入れは、破産法三六六条の九第二号所定の免責不許可事由である「返済不能認識後の借入れ」に該当するといわなければならない。

三  そこで、裁判所の裁量による免責の可否について検討する。

1  前記二の各事件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  太郎も、ほとんどが破産者に起因する総額六〇〇〇万円余りの債務が支払不能の状態にあるとして、破産者と同じく平成五年一一月一五日、破産の申立てをなし、同月一七日、破産宣告を受けたが、右申立ての直前に退職金の支給により取得していた現金一七〇〇万円余り及び差し押さえられていた退職金債権約七〇〇万円が破産財団に組み入れられたため、一般債権者に対し、42.5パーセントの配当がなされて、太郎の破産手続は終結した。そうして太郎は、免責許可決定を受けた。

(二)  破産者は、現在五五歳、太郎は六〇歳であり、娘と三人で高知市内の家賃月額五万円の借家に住んでいる。破産者は、社員食堂の調理のパートにより八万円の、太郎は、駐車場管理のアルバイトにより八万円の各月収を得ているほか、太郎は毎月二〇万円余りの年金を受給している。娘は保母として勤め、十一、二万円の月収を得ているが、破産者の保証人になっていたため、毎月六万円を保証債務の支払いに充てている。

(三)  破産者は、昭和五五年に乳癌のため左胸を切除したほか、昭和五八年には十二指腸潰瘍により胃の三分分の二を切除している。破産者は、現在、慢性B型肝炎・骨粗鬆症にも罹患しているなど、健康状態は芳しくなく、疲れやすく、十分に稼働できる状態ではない。

2  原決定は、右1と同旨の事実を認定して、これを裁量免責の事情として考慮した上、①原決定別紙債権者目録記載の本件抗告人両名を含むAグループ及びBグループの各債権者は、太郎及び破産者夫婦の一方を債務者とし、他方を保証人とする債権を有していたため、太郎の破産事件において届出債権額のおおむね42.5パーセントの配当を受けたこと(Aグループ)又は右同様に回収する機会のあったこと(Bグループ)を理由に、右各グループの債権者の債権については、その全部を免責し、②同目録記載のCグループの債権者は、太郎に対して債権を有せず、太郎の破産事件において破産者に対する債権を回収する機会のなかったことを理由として、割合的一部免責をする決定をした。

しかしながら、人的担保を有する債権者がそれによる回収をすることは、正当な行為であるから、原決定のような基準で破産債権者間に免責の可否に差を設けるのは、破産債権者平等の基本原則に反し、許されないものといわなければならない。そうすると、本件免責申立てについては、改めて、裁量により、破産債権に関し、全部免責を認めるべきか、割合的一部免責を認めるべきかの検討を要することとなるが、この判断を当裁判所が今直ちにすると、その結論により、原決定に不服がなかった関係者の有する審級の利益(不服申立ての権利)を奪うことになる。この点を考慮すると、本件を原審に差し戻し、更に審理を尽くさせるのが相当である。

四  よって、破産法三六六条の二〇、一一二条、一〇八条、民訴法四一四条、三八九条一項に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邊貢 裁判官 豊永多門 裁判官 大泉一夫)

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